2011年4月7日木曜日

許浚ってだーれだ?

前回、シュレッテンワルダー君をちょろっと調べたら、面白かったので、続けてみた。

今回はジャカの冒険クエで浦項にお邪魔したので、許浚を取り上げてみます。
まず、何て読むのか、現地語に近い発音だと「ホ・ジュン」。

左はDOL,、右はご本人の肖像画ですが、似てるのか、ちと微妙ですね^^
韓流ドラマに詳しい方なら、ご存知かもですが、朝鮮を代表する名医です。

チャングムの監督が、チャングム以前にこの方の伝記をテレビドラマ化して、平均視聴率が6割超とかだったみたい。チャングムも、そのヒットあっての作品なんだとか。

どんなお方かといえば、お父様は武人で郡守ですから、れっきとした貴族ですな。ところが、お母様は私奴婢だったので、庶子としても認められなかったそうです。妾の子以下の扱いだったわけです。

それが医学の道に精進して、御医(王様の主治医ですか?)にまで出世をし、文禄の役では王様を守りながら、朝鮮各地を流浪。その努力が認められて、「陽平君」ってんですから、爵位を貰ったんですね。

奴隷同然の身分からの大出世ですから、当然のように妬み、嫉みの対象ですわね。王様が亡くなると、お側に居なかったというトンデモ理由で、流刑にされる大ピーンチに見舞われます。

ところが、後を継いだ新王が「オイラ、ガキのとき、命助けてもらってるもんね」ってことで、復活するんです。そして、朝鮮第一の名著とされる「東医宝鑑」(DOLの発見物にはないよね?)を書き上げるんですな。まさに波乱万丈です。

ちなみに東医宝鑑って、現在も刊行されていて、家庭の医学全書的な扱いなんだそうです。ホントかな?
25巻の大作、日本や中国でも出版された


ソウルには彼の博物館もあります。

お墓も90年代の初めに見つかっていて、場所は京畿道の非武装地帯なんですって。これもドラマのお陰みたいですな。

0 件のコメント:

コメントを投稿